湖というより、海に見える。
トバ湖の岸に立つと、対岸の稜線はかすみ、水面の先が見通せない。この巨大な水面は、川がせき止められてできたものではない。火山が一度に大量の噴出物を放ち、地面そのものが陥没してできたくぼ地に、水がたまったものだ。
その成り立ちは、地質学の研究によって少しずつ明らかにされてきた。ここでは、確認できている範囲の説明をたどってみる。
CHAPTER 01
カルデラは、陥没の跡である。
スミソニアン協会の火山データベースは、トバでは百万年単位の時間のなかで複数回の大規模な火砕流噴火が起きたと整理している。そのうち最後の噴火が生んだ噴出物は「ヤンガー・トバ・タフ(Younger Toba Tuff)」と呼ばれ、およそ7万4千年前のものとされる。第四紀(現在を含む地質時代)に起きた噴火としては、知られているなかで最大規模と説明されている。
膨大な量のマグマが短期間で放出されると、地下には空洞ができる。支えを失った地表は落ち込み、直径数十キロにおよぶ巨大な凹地、すなわちカルデラが生まれる。トバ湖の輪郭が円ではなく、いびつな細長い形をしているのは、この陥没の履歴が重なっているためだ。

CHAPTER 02
サモシール島は、押し上げられた大地。
湖の中央に横たわるサモシール島は、噴火のあとに湖底が再び持ち上がってできた「再隆起ドーム」として研究されている。Frontiers in Earth Science(2015)やNature Communications(2017)に掲載された研究は、噴火後に残ったマグマだまりの働きによって湖底の一部が隆起し、島として水面上に現れた過程を論じている。
つまりサモシール島は、湖に浮かぶ島ではなく、湖の底が起き上がった土地である。島の高台から湖を見下ろす風景は、その隆起の結果として見ていることになる。
隆起が始まった時期や速度については研究によって幅があり、ここでは単一の数値として断定しない。
CHAPTER 03
数字は、資料によって幅がある。
トバ湖の標高は、ILEC(国際湖沼環境委員会)の資料で904〜905mと示されている。湖の長さや幅については、87km×27kmとする資料と、100km×30kmとする資料があり、一致していない。最大水深についても、公的資料で確定した数値をこの記事では確認できなかったため、具体的な数字は記載しない。
旅先で目にする案内板やガイドブックの数字が食い違うのは、この測り方と出典の違いによるところが大きい。
CHAPTER 04
「人類絶滅の危機」は、確定した話ではない。
トバの噴火は、しばしば「人類を絶滅寸前まで追い込んだ」という物語とともに語られる。これは1990年代に提唱された仮説(トバ・カタストロフ理論、遺伝的ボトルネック仮説)に基づくものだ。
しかしこの仮説には、気候モデルや考古学の側から強い異論が出ている。2020年のQuaternary International掲載論文は、トバ噴火の地球環境および初期人類への影響が過大評価されてきた可能性を論じている。噴火が巨大であったことと、人類がどれほどの打撃を受けたのかは、別の問題として扱う必要がある。
この記事では、センセーショナルな断定を避け、「議論が続いている仮説」として紹介するにとどめる。
CHAPTER 05
いま、ここはユネスコ世界ジオパークである。
トバ・カルデラは、2020年7月にユネスコ世界ジオパーク(Toba Caldera UNESCO Global Geopark)として認定された。ジオパークは、地質遺産とそこに暮らす人々の文化や生活をあわせて守り、伝えていく枠組みである。
だからトバ湖を訪ねる旅は、風景を眺めるだけで終わらない。大地の履歴を知り、その上で営まれてきた暮らしを知ること。次の物語では、この湖のまわりで受け継がれてきたバタック・トバの人々の世界へ進んでいく。
